憲法カフェVol. 21「裁判ってどんなもの?」

 5月23日、「憲法カフェvol.21 裁判ってどんなもの?」を行いました。裁判員制度が始まっても、そもそも裁判が身近に感じられないという人は多いはずです。まずは、「裁判って何?」という状況の中で裁判員制度が進んでいってしまっていいのだろうか? という所から話し合う場を作りたいと考え企画されました。

 東京・高円寺にある、アットホームな雰囲気の「素人の乱」12号店に、約20人が参加して、最初に裁判のことを扱った映像を観ました。冤罪事件について取り上げた、とてもリアリティのある内容で、参加者の多くは言葉を失い考え込んでしまいました。

 続いて、実際に慰謝料請求訴訟を起こした事があるAさんの話を聴きました。裁判の舞台に立つとはどういうことか。何が証拠になり、裁判官はどのように裁判を指揮するのか。Aさんの場合、事実関係は認められたものの、法的には訴えが棄却され、敗訴となったそうです。
Aさんはまとめとして、日本は「二割司法の国」であり、残りの八割は裁判によらず、泣き寝入り、ゴネ得、政治的解決、暴力団の介入などで処理されていること。また、簡単な紛争なら弁護士に代理人を依頼しなくても、自分の力で裁判は起こせることなどを示しました。その場合、お金もそれほどかからないし、敗訴したからといって相手方に逆に慰謝料や高額な訴訟費用を支払わなければならない訳でもありません。しかし、それについて誤解している人も多く、裁判に訴え出ることがためらわれる原因の一つになっています。

 その後、映像とお話について参加者同士で意見や感想を交換しました。主なものは以下のとおりです。

  • 裁判について知れば知るほど、自分が冷静な判断を下せるかどうか不安になる。
  • 人が裁判で証言しなければいけない場面において、記憶の中身が変化することは仕方ない部分があるのではないか。
  • 被害者あるいは加害者に同情して、事実を見誤ってしまわないだろうか。
  • 映像を観て、裁判に要する時間が事案に照らしてではなく、裁判官の都合で決まってしまうことに対してどうなのかと思った。日本の裁判はこの程度のものなのか。
  • 裁判のあらましを知らない国民は多い。ネット上では、弁護士の役割について理解できていないまま、持論を展開している人も多くいる。
  • 人々に「裁判とは何か」という教育をしたほうが良い。
  • 裁判員制度は、これまでの裁判制度の欠陥を変えずに国民に責任を押し付ける流れに思える。
  • 今日観た映像は軽微な犯罪での冤罪事件。そんな軽微な犯罪でも生まれ得るのが冤罪なのに、殺人事件などの重大事件だけに適用される裁判員制度は多くの国民にとってどうなのか?
  • 日本の司法を変えた方がいいのは当たり前だが、裁判員制度でなく、まず「代用監獄制度」などを無くす方向で対応すべき。
  • 裁判員制度は、アメリカから日本への「年次改革要望書」の影響で、アメリカから入ってくる弁護士に日本で仕事をさせたいために導入されるのではないか。
  • 映像には、これまでの裁判制度の問題点が表れていた。裁判員制度もダメだし、今までの制度もダメ。
  • 裁判官が職業化していて、何でも効率的にこなそうとすることに問題があるのでは。
  • 新旧制度の2者択一にできないことに、難しさがあるのでは。
  • 裁判員への参加を自分は望んでいなかったし、周りで望む人もいなかった。
  • 法案の成立もほとんど知らされていなかった。そうであるにも関わらず、参加を強制するこの制度はどんなファシズムなのかと思う。
  • 裁判員に選ばれた人々は「これで良かっただろうか」と自問し、様々な苦悩やトラブルが起きるのではないか。

 以上のような意見と感想を出し合いました。

 実際に制度が進んでから、判決や様々な実態が報道されるはずです。それを受けてもう一度イベントをやってもいいかもしれません。憲法カフェは続きます。今回来られなかった方も、次回はぜひご参加ください!